読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

うだがウダウダしてる

人生ってやっぱ面白い。

どうして先生は「読書」をおすすめするのか。

うだ的思考

本日2月4日土曜日

 

いや今まで書いてきた「なんで~」系が結構評判良くてですね。

調子乗ってる私なんですが。

 

sykud.hatenablog.com

sykud.hatenablog.com

sykud.hatenablog.com

 

 

絶賛テスト期間の私なんですが!

f:id:sykud:20170126060610j:plain

 

物議を醸したり

女性陣から「そうそう!」って言われたり

男性陣から「良い記事だ!」と言われたり

 

反応はそれぞれ違うんですが、

結果的に評判が良かったので

こういう記事も定期的に書いていこうかなって思ってます。

 

今回はテイストを変えて

どうして先生は「読書」をおすすめするのか。

どうして「読書は人の心を豊かにする」と言われているのか。

という内容を書いてみようかなと思います。

 

真面目に書いてみよう!の巻。

 

そもそも読書とは

f:id:sykud:20170126061035j:plain

そもそも読書というのはどういう行為のことなんでしょうか。

 

私お得意のグーグル先生に聞くと

「本を読むこと」

と教えていただきました。

 

で、私の解釈なんですけど

本を読むこと

という意味と同時に

文章を目で追い、頭に入れる

という行為も含まれていると思っています。

 

漫画との違いはなんだ?

f:id:sykud:20170126061051j:plain

まんがは主観、イメージが作者によって創られています。

それを表しているのがです。

絵で表すことによって作者の想像しているイメージがダイレクトに読者に伝わり

作者の思い通りのイメージで読者は読み続けることができます。

 

それに対して本というのは

その主観、イメージを創っている主体が読者になっています。

 

少しわかりづらいですかね?

 

例を出してみましょう。

 

「草原に主人公が立っている」を表すとしましょう

 

漫画では

その草原のサイズ感(スケール)

詳細(ところどころ花が咲いている)という草原自体のイメージ

風の吹き加減もそうだし

どういう服を主人公が着ているとか

表情とか

目線とか

主人公自体のイメージ

絵で表すことによって作者の思い描いているイメージをそのまま直接読者に伝えることができます。

 

それに対し本では

「広い草原で○○は物憂げな表情で佇んでいた。」

のような文章で表しています。

(文章のクオリティの低さはご容赦ください)

文章で表していても

スケール感や詳細、主人公のイメージ(顔や細かい表情など)

というのはある程度読者の裁量にゆだねられています。

 

分かりましたか?

 

本というもの自体について考えてみよう

f:id:sykud:20170126061106j:plain

さて漫画と本の違いについて書いてみました。

では本について考えてみましょう。

そこから見えるメリットについて考えてみたら

答えが見えてきますよ!

 

本というものは文語的文章の中に

会話という口語的表現が混ざっています。

要は文語的表現と口語的表現がごちゃまぜになっているんです。

それによって

どのタイミングにおいて、どの言葉がふさわしいのか

自然と学び得ることができるんです。

 

さらに日本語をフル活用していることで

「日本語の力」「日本語の魅力」を感じることができます。

 

そして文章のリズムを捉えることができるし漢字も多い。

 

さらに本には

いろいろな感情が入っている

その感情のみならず事柄に対して色々な表現で表しています。

それにより表現を覚え

前後の文を踏まえて例文も同時にできます。

絵がないことで想像力も培うことができると思うんです。

「心を豊かにする」というより「豊かな表現ができるようになる」

 

あんだすたん?

 

ということなんですよ。

はい。

 

そういうことです。

 

いやまあ私は読書が好きですし

昔から変わらない趣味というか習慣なので

改めてって感じでもないですが

 

今回これを参考に

おっしゃ本読んでみよう

って思って貰えたらうれしいです。

 

ゴリラだと

また?って言われそうだったので

オランウータンにしました。

 

うだ